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東京高等裁判所 昭和31年(ネ)873号 判決 1956年10月30日

控訴人 財団法人ニユースタイル女学院

被控訴人 伴道義

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の控訴人に対する東京法務局所属公証人長宗純作成昭和二十九年第四百十一号弁済契約公正証書の執行力ある正本に基く強制執行はこれを許さない。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は、原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

<証拠省略>

理由

一、被控訴人が控訴人に対する東京法務局所属公証人長宗純作成昭和二十九年第四百十一号弁済契約公正証書(以下本件公正証書という)の執行力ある正本に基いて控訴人を相手方として東京地方裁判所に不動産強制競売の申立をしたこと及び、本件公正証書によれば、控訴人は昭和二十八年十二月十六日被控訴人から金十三万円を借り受け、昭和二十九年六月五日現在において右金額について支払義務のあることを認め、その弁済につき、(イ)弁済期、昭和二十九年九月三日、(ロ)利息年一割、但し全期間分支払済、(ハ)期限後の損害金日歩三十五銭、(ニ)控訴人は右債権担保のため、控訴人の権利に属する根岸局〇四三一番電話加入権を被控訴人に譲渡する、(ホ)控訴人において債務を履行しないときは、被控訴人は任意に右電話加入権を処分し取得金を弁済に充当しうること、(ヘ)控訴人は、この契約上の債務不履行のときは、担保物に対する権利の実行に先き立ち、直ちに他の財産に対し強制執行を受けるも異議のないことを約諾した旨記載されていることは、当事者間に争がない。

二、控訴人は、右公正証書は控訴人の知らない間に控訴人の印章を使用して作成されたものであると主張するので、先ずこの点について判断する。

成立に争のない甲第一号証、第二号証の一ないし三、第三号証の一、二、第四号証、乙第一ないし第三号証、第五、第六号証、原審及び当審証人伴久守の証言並びに該証言によつて真正に成立したものと認める乙第七号証、原審及び当審における控訴人代表者の尋問の結果(後記信用しない部分を除く)を綜合すれば、次の事実を認めることができる。

控訴人は昭和二十八年十二月十六日被控訴人から金十三万円を、弁済期昭和二十九年一月十三日、利息月一割、期限後の損害金は日歩三十五銭の約定で借り受け、その担保として控訴人の権利に属する根岸局〇四三一番電話加入権を被控訴人に譲渡し、電話加入権は被控訴人に譲渡されても、その架設場所を変更することなく、依然控訴人においてこれを使用し、その電話料金は控訴人が負担することとし、なおその際控訴人はその代表者理事阿部国明の印鑑証明(乙第六号証)及び同人の署名捺印ある白紙委任状(乙第七号証)を被控訴人に差し入れておき、もし控訴人が債務の履行を怠つたときは、被控訴人において右印鑑証明と委任状を使用して公正証書の作成を公証人に委嘱し、これによつて強制執行をされても異議がない旨を約定した。ところが、控訴人はその後毎月約定の利息を被控訴人に支払つて弁済期を一月ずつ延期してきたが、昭和二十九年五月頃になつて、約定の利息及び電話料金の支払を遅滞するに至つたので、被控訴人は、かねて控訴人から差し入れさせていた前記印鑑証明及び委任状を使用して訴外小泉外次郎を控訴人の代理人に選任し、同人と既存の前記債務について弁済契約を締結し昭和二十九年九月二十四日公証人に委嘱して右弁済契約の趣旨に従い本件公正証書を作成したものである。

原審及び当審における控訴人代表者の供述中右認定に反する部分は前記各証拠に照して信用することができない。また控訴人の援用する証拠に右認定に添わないものもあるけれども、その点の判断は後記、四で示すとおりである。その他に前認定を覆して控訴人の右主張事実を肯認するに足る証拠は存しないから、右主張はこれを採用することができない。

三、控訴人は「本件公正証書によれば、控訴人を代理したものは、訴外小泉外次郎となつているが、控訴人は同訴外人に公正証書作成の代理権を附与したことなく、同訴外人は被控訴人において選任したものであるから、本件公正証書による契約は民法第百八条の双方代理の禁止に違反し無効である。」と主張する。そして本件公正証書作成に控訴人の代理人として関与した訴外小泉外次郎は、控訴人自ら選任したものでなく、本件公正証書による契約の相手方である被控訴人において選任したものであることは、前段認定のとおりであるけれども、前記二において認定した事実に徴して考えてみると、控訴人は電話加入権を担保として前記の約定で金十三万円を借り受け、その際被控訴人に対して印鑑証明及び白紙委任状を交付し、もし控訴人が債務の履行を怠つたときは被控訴人において任意に第三者を控訴人の代理人に選任し、右印鑑証明及び白紙委任状を使用して右債務に関し弁済契約を右代理人と締結し且つ右契約上の金銭債務の履行につき直ちに強制執行を受けても異議がない旨記載した公正証書を作成することができることを約諾したので、被控訴人は右約諾に基いて訴外小泉外次郎を控訴人の代理人に選任し右代理人との間に債務の弁済契約を締結し本件公正証書を作成したものであつて、債務者たる控訴人の代理人に選任せられた右小泉外次郎の代理権の範囲は、控訴人が自ら被控訴人との間に直接締結した当初の消費貸借並びにこれに附随する担保契約に基いて負担した債務の弁済に関し控訴人が当然その責に任ずべき限度において単に履行の方法を定めるものに過ぎず、換言すれば代理人自身が改めて契約事項につき本人のため商議協定をなすべき才量の余地が存しないものであるといわなければならない。のみならず、原審並びに当審証人伴久守の証言によれば、本件公正証書作成のために使用された前記委任状には弁済期、利息、期限後の損害金の利率等の特約事項が記入されているがこれ等特約事項は本件公正証書作成前予め控訴人の諒解を得ていたものであることを認めることができる。原審並びに当審における控訴人代表者の供述中右認定に反する部分は信用することができない。そして本件公正証書記載の特約事項は、右委任状記載の特約事項の趣旨に従うもので、何等控訴人が予め諒解した限度を超えてその責任を加重しているものではない。このように委任者が予め代理せしむべき事項を諒解している場合、又は委任者の責任を加重しない限度において既に委任者が負担している債務の弁済についてその履行の方法を定めるため相手方に代理人の選任を一任することは、何等本人たる委任者に不利益を蒙らしめる虞がないのであるから、かかる契約は民法第百八条の規定の趣旨に違反するものということはできない。従つて控訴人の右主張は採用に値しない。

四、次に控訴人は被控訴人から金員を借り受けたものでなく、資金調達のため、自己の権利に属する電話加人権を訴外株式会社日光京橋支店に買戻条件附で売渡したものであると主張するけれども、当裁判所は原審と同様右主張は採用できないとするものであつて、その理由は、原判決理由(三)のうち、"一"

五、控訴人は、本件公正証書による契約は控訴人の窮迫無智に乗じて締結されたもので、公序良俗に反し無効であると主張するけれども、本件公正証書が作成されるに至つた経緯は、前認定のとおりであつて、控訴人の窮迫無智に乗じて作成されたとか、その他控訴人主張のように、本件公正証書による契約が公序良俗に反すると認むべき特段の事情の存することは、本件に顕われた各証拠を検討してもこれを認定するに足らないので、右主張もまた採用の限りでない。

六、してみれば、本件公正証書による契約の無効なることを前提とする本訴請求は失当なること明かであるから棄却を免れない。従つてこれと同趣旨に出た原判決は相当で、本件控訴は理由がない。よつてこれを棄却することとし、民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 浜田潔夫 仁井田秀穂 伊藤顕信)

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